大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和51年(ネ)746号 判決

控訴人 明治乳業株式会社

右代表者代表取締役 藤見敬譲

右訴訟代理人弁護士 村田利雄

同 國府敏男

被控訴人 後藤春士

右訴訟代理人弁護士 井手豊継

同 諫山博

同 古原進

同 小島肇

同 津田聡夫

同 林健一郎

同 小泉幸雄

同 中村照美

同 内田省司

同 上田國広

同 本多俊之

同 林田賢一

同 辻本育子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(被控訴人)

(一)  懲戒権の濫用

仮に被控訴人の本件ビラ配布行為が形式的には就業規則第一四条、労働協約第五七条に該当するとしても、本件戒告処分は次の事情からして懲戒権の濫用であって無効である。

(1) 本件ビラ配布の態様等

被控訴人が配布した本件ビラは、昭和四九年六月二四日配布したビラの記載内容は同年七月七日施行の参議院議員選挙に向けて日本共産党から立候補した全国区と地方区の各一名を顔写真入りで紹介した同党の機関紙「赤旗」の号外であり、同年七月六日配布したビラは日本共産党参議院選挙法定ビラ三号として発行されたもので、その記載内容は「日本共産党に期待します」として各界有名人を顔写真入りで掲載し「あなたの一票を国民生活の守り手、国政革新の真のにない手日本共産党へ」等と書かれたものであって、それらのビラを従業員が閲読することにより職場規律が乱れるとか、従業員に対立を醸し出すといったようなものではなかった。被控訴人はこれらを昼休の休憩時間中に会社食堂内で六月二四日に約二〇枚、七月六日に約四六枚を配布したが、その具体的態様はいずれも食事中の従業員数人に一枚ずつ平穏に手渡し、他は食堂の卓上に静かに置いただけのものであり、ビラの受領を強制するとか、執拗に迫るとの事実もなく、またそのビラ配布に要した時間も数分であった。

(2) 本件ビラ配布による影響

本件ビラを従業員が閲読したことによって職場の規律を乱し、作業能率を低下させるとか、他の従業員の休憩時間中の自由利用を妨害したとか、従業員相互間の紛争を誘発助長したとかの実害は全く発生していない。

(3) 控訴会社の従前の態度

被控訴人をはじめとする若干の従業員は、本件ビラ配布前選挙の度毎に昼休の休憩時間に本件ビラと同種のビラを配布していたが、控訴会社はこれを黙認してきた。

(4) 日本共産党の候補者は、組合の上部団体が推薦していた

昭和四九年七月七日施行の前記選挙にあたり、被控訴人が所属する明治乳業労働組合の上部団体である食品労連福岡地区協議会は日本社会党から立候補した候補者の外に日本共産党から立候補した候補者の推薦を決定し、傘下の各単組支部、組合員に対し、右候補者全員の当選を目指し奮闘するよう激励しており、被控訴人は本件ビラ配布については上部団体たる食品労連推薦の候補者に関するビラであるから工場長の個別的許可はいらないものと信じていた。本件において控訴人は組合及び上部団体作成名義のビラ配布のみ包括的許可を与えてあってその場合だけ個別的許可はいらないというが、当時被控訴人も含め従業員の殆んどは組合及び上部団体のビラは許可は要しないとだけ分っており、ビラの文面に組合ないし上部団体の作成名義が明らかなことまで要請されるとは全く知らされていなかった。

(5) 処分に伴う不利益

本件戒告処分により被控訴人は人事考課特に賃金、賞与や昇給、昇格の面で他の従業員より不利益に取扱われており、しかも控訴会社の給与体系からすれば、右格差は年を追うごとに拡大累積していくのであるから、被控訴人は定年退職までの間経済上莫大な損害を蒙ることになる。

(二)  不当労働行為《省略》

(控訴人)

(一)  原判決は就業規則第一四条、第五九条三号及び労働協約第五七条の解釈を誤っている。

(1) 仮に原判決がいうように就業規則第一四条が実質的には政治活動を制限したものと見て差しつかえないとしても、この規則は控訴会社と被控訴人との間の労働契約の内容となっているものであり、少くとも被控訴人はビラ配布による政治活動を控訴会社の許可にかからしめることを雇傭契約成立の際に特約したものである。しかもこの特約には許可にかからしめるビラ配布について、それが喧噪、強制にわたるなどして他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げる行為等に限定する等の条件は付されていない。このような特約が有効なことは最高裁昭和二五年(オ)第七号同二七年二月二二日第二小法廷判決・民集六巻二号二五八頁によっても明らかである。よって、原判決が右第一四条によって制限さるべき、すなわち許可を要する政治活動たるビラ配布を「たとえば喧噪、強制にわたるなどして他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいては就労に悪影響を及ぼすものに限定さるべき」ものとしたのは同条の解釈を誤ったものである。

(2) 仮に原判決のいうように就業規則第一四条が実質的には政治活動を制限したものと見て差しつかえないものとしても、同条の趣旨はそのような政治活動が休憩時間中に行われるときは、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させ経営活動に支障を生ぜしめるおそれがあるので、これを防止しようとすることにあるから社会通念に照らしても合理性を欠くものではない。原判決のいう限定さるべき政治活動をいわゆる実害を生ずべきものとしているのか、実害を生じたものとしているのかは明らかでないが、その論調によれば実害を生じなければ同条に該当しない、すなわち実害を生じたものに限定さるべきであるとしているものの如くである。しかし制限規定の存在意義は実害の発生を防止するところにあるのであって実害が発生するまで待っていたのでは制限規定の存在意義は全く失われてしまうであろう。実害発生のおそれがある行為を制限するのが制限規定の趣旨なのであるから、原判決の如く実害が発生しなければ、そのおそれがある行為であっても、未だ同条に該当しないとするのは明らかに同条の解釈を誤ったものである。

なお本件ビラ配布行為により原判決のいうように実害を伴わなかったとしても、既に抽象的にはビラ配布行為によって他の労働者に不快感を与え、他の労働者の休憩時間の自由な利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させるおそれが発生しているのである。

(3) 原判決の就業規則第一四条の解釈が誤っていること前記のとおりである以上、労働協約第五七条に対する原判決の解釈も誤りであるといわざるを得ない。

さらに労働協約の締結に際して被控訴人もその集団的意思を通じて参加したのであるから、債務的部分である本条項の実現をはかる義務を負うものであり、原判決はこの点においても労働協約の解釈を誤っているといわざるを得ない。

(二)  権利濫用の主張は争う。本件処分は戒告即ち口頭をもって訓戒するものであって、懲戒処分中最も軽く、被控訴人の違法行為に照らし公正妥当な処分である。

(三)  まず、被控訴人の不当労働行為の主張は時機に後れた攻撃方法であるから、その却下を求める。

仮に右が容れられないとしても、右不当労働行為の主張は争い次のように反論する。

《事実以下省略》

理由

一  控訴人が乳製品、乳飲料、加工乳の製造販売等を主な業とし肩書地に本社、福岡市外数十ヶ所に事業所を有する株式会社であり、被控訴人が控訴会社福岡工場に勤務する控訴会社の従業員であること、控訴人が昭和四九年一〇月一日付をもって被控訴人に対し、控訴人の就業規則第五九条一号、三号及び第六〇条一号に基づき戒告処分に付する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二  そこで本件処分の対象となった処分事由の存否について判断する。

(一)  被控訴人が許可を要するか否かの点は別として一応控訴会社福岡工場の工場長新藤日出昭の許可を受けないで、昭和四九年六月二四日の昼休み時間(休憩時間)に同工場食堂で同月二三日付の赤旗号外を同工場従業員に配布し、次で同年七月六日の昼休み時間(休憩時間)に同食堂で「あなたの一票を日本共産党へ」という標題のビラを同従業員に配布したことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、被控訴人が配布したビラの枚数は前者の赤旗号外が約二〇枚、後者のビラが約四六枚であり、前者の赤旗号外は日本共産党中央委員会の発行で、その記載内容は冒頭に「不破哲三書記局長来たる」として一四日に公示された参議院議員選挙に立候補した高倉金一郎、渡辺武両候補応援のため、不破書記局長が来援し、六月二六日に演説を行うという趣旨のものであり、後者のビラは日本共産党参議院選挙法定ビラ三号として発行されたもので、その記載内容は「日本共産党に期待します」と頭書して各界の人々の顔写真を入れ、「あなたの一票を国民生活の守り手、国政革新の真のにない手日本共産党へ」と頭書してその具体的内容を項目的に表わし、「参議院で共産党が大きく躍進すれば」と頭書してその具体的内容を項目的に表わしたもの等であり、被控訴人は本件ビラを食堂内(休憩室をも兼ねていることが《証拠省略》によって認められる)で、食事中の従業員数人に一枚ずつ平穏に手渡し、他は食堂の卓上に静かに置いたもので、従業員がそのビラを受取るか否かは全く各人の自由に任されており、その受領を強制したこともなくまたその配布に要した時間も数分間で終了しており、各人がそれを閲読するか或いは廃棄するかは各従業員の自由意思に任せられていたこと、そして被控訴人がそれを配布したのは日本共産党員の依頼に基づくものであるが、被控訴人がそれに応じたのは福岡支部の上部団体である食品労連が右ビラ記載の参議院議員選挙に際して、社会党、共産党所属の立候補者を支持することを決定しており、当時被控訴人が福岡支部支部長の立場にあったがためであったことが認められ、《証拠省略》も右認定を妨げるものではなく、他に該認定に反する証拠はない。

また《証拠省略》によれば、控訴会社福岡工場の工場長新藤日出昭は右一回目のビラ配布のことを当日知ったがその配布者が分からなかったので、それを知るため当日の午後五時頃当時福岡支部の支部長であった被控訴人を工場長室に呼びそのことを尋ねたのに対して自分が配布したとの返事を得たこと、そこで新藤は被控訴人に対し「このビラ配布が無許可でなされたのはいけない、つまり控訴会社の就業規則等に違反する、以後は同規則等に従ってことを処するように」との趣旨のことをもって注意したところ、被控訴人は「このビラ配布は従来の取扱いからいって会社の許可はいらないはずだ」とかその他許可は必要ない趣旨のことを理由をつけて意見ないし反論したが、両者の対話は或る程度雑談的であったこと、次で二回目のビラ配布については、新藤はそのことをその配布者が被控訴人であることとともに数日後の昭和四九年七月一〇日に知ったので、同月二五日の午後被控訴人を工場長室に呼び前回と同様の趣旨をもって注意したところ、被控訴人も前回と同様の趣旨をもって意見ないし反論したことが認められ、該認定に反する証拠はない。

(二)  《証拠省略》によれば、控訴会社の就業規則及び明治乳業労働組合と控訴会社との間の労働協約に原判決添付の別紙記載のとおりの各条項の存することが認められる(右就業規則第五九条一号、三号及び第六〇条一号関係については当事者間に争いがない)。

(三)  そこで、前記被控訴人の各行為が就業規則所定の懲戒事由に該当するか否かについて考察する。

(1)  まず、ビラ配布について

前記認定の事実からすると、被控訴人の配布したビラは業務外の文書であり、その配布場所は会社構内であって会社の許可なくして配布されたものであるから、形式的に就業規則第一四条に違反することが明らかである。しかし、もともと就業規則は使用者が企業経営の必要上従業員の労働条件を明らかにし職場の規律を確立することを目的として制定するものであって、特に右第一四条はその体裁、目的からして会社内の秩序風紀の維持を目的としたものであるから、形式的にこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が会社内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする。そこで、前認定の事実に徴してみるとき、被控訴人の本件ビラ配布は休憩時間中に控訴会社の食堂兼休憩室内で行われたものであるから、その配布を行うことが控訴会社の企業施設の管理に支障をきたしまた企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれのない限りそれは自由であると解すべきところ、前認定の本件ビラの配布の態様、その目的及びビラの内容からみる限りそれがその何れかに該当するとは到底考えられない。そうすると、本件ビラの配布は、実質的にみて就業規則第一四条に違反し、同第五九条一号所定の懲戒事由に該当するとはいえないことになる。

なお、控訴人は被控訴人の本件ビラの配布は前認定の労働協約第五七条に違反し、就業規則第五九条一号に該当すると主張するが、労働協約第五七条は就業規則第一四条についての前示説示と同様に解するを相当とするから、被控訴人の本件ビラの配布が労働協約第五七条に違反し、就業規則第五九条一号所定の懲戒事由に該当するということはできない。

(2)  次で、命令拒否について

前認定の就業規則第五九条三号にいう「命令」とは、具体的な内容をもって作為、不作為を命ずる行為であると解するを相当とするところ、前認定の本件ビラの配布についての被控訴人に対する新藤日出昭の注意の内容がそれに該当するとは到底考えられないばかりでなく、たとえそれが「命令」に該当するとしても、新藤日出昭の右命令は本件ビラの配布が違法であることを前提とするものであるところ、それが違法でないこと前示説示のとおりであるから、いずれにしてもそれを捉えて就業規則第五九条三号所定の懲戒事由に該当するとはいえないことになる。

以上のとおりであるから、被控訴人に対する本件戒告処分は、就業規則所定の懲戒事由が存在しないのにかかわらず行われたものであって、その余の点について判断を加えるまでもなく無効であるといわなければならない。

三  最後に、当裁判所も原裁判所と同様の理由で被控訴人の本件訴は適法と解するものであって、その理由は原判決のその点に関する記載(原判決書一〇枚目表八行目から同裏一行目まで)をここに引用する。

四  以上のとおりで、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴は失当としてこれを棄却することにし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中池利男 裁判官 権藤義臣 大城光代)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例